2024/05/06 22:14
GWの影響か最近ホームページの新規ビューが多いので、急いでブログを更新しておくことにしました。
おそらく地元の道の駅で商品を見た方たちでしょう。
さすがに最新の記事に地元の悪口を書いたままでは、キを悪くする人も多いだろうとも思っていました。
学生の頃わざわざ職員室に呼ばれ、「おまえの作文はPTAに見せられない」と言われていた私にとっては、誰かに対して悪く言ったつもりなど全くなく、ただ思ったことは素直にちゃんと表現するように懸命に努めているだけなのです。
しかしそのように思われてしまうようなことすらも、今日には人類みな家族という当たり前のことを思い返してみたら、家族のやることをいちいち言うのもばかばかしいと思いました。
最近は写真や動画はもう容量がいっぱいで電池もないので、毎日録音してしゃべっています。
いよいよ残された道はこれしかないとやりはじめましたが、子供の頃から録音が好きだったので案外これが一番合っているキもします。
その録音で何度もしゃべっていますが、私のやっていることはつくづく自分の都合のためだけだと思います。
誰かのためになる、という意味では皆伐のほうがよっぽど人のためにはなるんじゃないかとも思います。
目の前で圧倒的に再生していく山やキの自然エネルギーの前では、むしろ私のように時間をかけてあの木を残そうとかやっているのはまったく個人の都合であって、今のところ誰の役にも、何の役にも立っていません。
だけどやっぱり、山にはたくさんの木や花の色や葉っぱの形があって、それらを観察しながら自分なりに考えてやっていくことがなにより楽しくて、毎日新しい発見があり、私がそれをやりたいから私の都合でそうしているだけです。
このGWは、ただひたすらに枯れた栗の木を拾い集めていました。
改めて、この木を使わずして生きた立木をわざわざ伐って家を建てるなど労力的にどうやっても考えられないと思いました。
枯れた栗の木を拾い集めることは、私が表向きに林業という看板を背負って、森林という今の現場の中で一番やりたかったことかもしれません。
そして枯れた栗の木の枝で八本の柱を立て、懲りずに新たな建物に挑戦してるところです。
幹のほうは迫力がありすぎて自分で使うにはもったいないほどあまりに立派です。
そんな木が山のそこら中に寝転んでいます。
毎日おいしい水を飲んで、山菜をもりもり食べ、朝日の木漏れ日を浴びて、夕日に映る木々を眺め、ただやりたいことをやっているというのが私の仕事です。
4月道の駅では、9個の商品で約3529円売上げました。
そのへんにある、誰でも拾えるような小さな木の枝や蔓たちを、不器用な人間が少し細工しただけのものです。
買われた方には失礼かもしれませんが、それを再現しようと思えばそれなりの労力がかかっていることはわかると思います。また、ひとつとして同じものはないです。
当然9個の枝や蔓が売れたからといって、一日の山仕事ででる木の量を考えると明らかに自分ひとりで処理しきれるようなものではありません。
今の課題のひとつは、そういう木を削ったり磨いたりして何かに使いたい人へ一本でも多く届けられるようにすることです。
自分にとって立派な木は、ほかの誰かに使ってほしいと本当に思いますし、本当に使わずにとってあります。
ここまで書いておいて、うまく文章をまとめることができないかもしれません。
これ以上文章に時間をかけたくないだけかもしれません。
ここまで読んだ方は、もしかしたらPTAには向いていないかもしれませんね。
私のやってる現場で、いつでも誰でも好きな時に好きなだけ遊んで過ごしてほしいと思います。
まだまだ自慢できるほどのものは何もありませんが、まだまだやれることは文字通り山のようにあります。